具体例を出さないまま比較するのは俺の最強超人論と同じ

てなわけで該当サイト見てきましたが…うーん。
葛藤がないね - 思いて学ばざれば

あっちにもリソースが必要、こっちにもリソースが必要、しかし両方に割けるほどリソースに余裕はない。そういう虻蜂取らずなディレンマの状況にいかに対応してくかがマネージメントの出発点であり目的というもの。一方を切りすてるなんてのはサルでも思いつくような安直なあるいは浅はかな考えであって、そんなものにマネージメントと称する価値はない。マネージメント性のかけらもない。ディレンマそのものから目を背けてるだけなんだから。「どちらか片方を切りすてることができないとき、あなたならどうしますか?」と問われて、「片方を切りすてます!」などと得意満面に答えてたら、こいつバカかと思われるのがオチだろうし、そういうアホな発言ができることでオレって格好いいとか満悦してたら、そりゃ間抜け以外のなにもんでもない。

これは筋が悪い。
なぜなら、この文内でも前後でも、「マネージメントと称する価値のある例」の具体例が挙がっていないから。
「マネージメントと証する価値はない」と切って捨てるのなら、「どういう例がマネージメントと呼ぶに値するか」を挙げないと。
「片方切り捨てる」事が悪手というのは、「他に良い案がある」という前提があってこそ成り立つ。
比較対象も挙げずに片方に「マネージメント性のかけらもない」といってもなあ。

わたしが言ってるのは、ディレンマを回避することはディレンマの克服ではない、それはマネージメントと呼ぶに値しない、ということなのに。

この文中での「ディレンマの回避」と「ディレンマの克服」だと、「ディレンマの回避」の方がマネージメントと呼ぶに値してると思う。
なぜなら、具体的に「どのようにリソースを割り振るか」という事に言及してるから。
「片方切り捨てるなんて悪手。悩んでこそディレンマを克服できる」だけじゃ論理の繋がらない精神論ですよ。
何故「ディレンマを回避すること」が「ディレンマを克服すること」より下なのか、「ディレンマの克服」とは何かという点をまず書くべき。


なんというか、前セミナーで「こんな手法じゃ全然ダメ。俺のマネージメントならいいプロジェクトになる」と具体例を出さずに言っていた他社の偉い人を思い出しました。
「それならあんたの脳内手法をまず表に出してくれよ!否定する理由を出せよ!」と心で叫んでたけど口には出せなかった俺。多分会場の心は一つになってた。
ちなみにその人は色んなプロジェクトを結構ポシャってるらしいですけどね!